東京大学先端科学技術研究センター 代謝医学分野 酒井研究室

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エピゲノム酵素がエピゲノムを修飾する脱メチル化酵素が、寒冷刺激時などに活性化されるメカニズムを解明。阿部さん、ロイハンさんの論文がNature Communicationsに2015年5月7日付オンライン版で発表されました

2015年05月07日 16時03分00秒 (#185)

Abe Y1, Rozqie R1, Matsumura Y, Kawamura T, Nakaki R, Tsurutani Y, Tanimura-Inagaki K, Shiono A, Magoori K, Nakamura K, Ogi S, Kajimura S, Kimura H, Tanaka T, Fukami K, Osborne TF, Kodama T, Aburatani H, Inagaki* T, Sakai* J. (1 equal contribution, * corresponding authors)
JMJD1A is a signal-sensing scaffold that regulates acute chromatin dynamics via SWI/SNF association for thermogenesis
Nature Comm. 6, 7052, 2015. [DOI] [PubMed]

阿部さん、ロイハンさんの論文がNature Communicationsに2015年5月7日付オンライン版で発表されました。

寒冷刺激時の体温維持には熱産生遺伝子の高次構造変化が必須

 ~寒冷の感知によるJMJD1Aタンパク質のリン酸化と遺伝子DNAの高次構造変化~

私たちヒトや哺乳動物は、急激な環境の変化に瞬時に反応し、生命を守るしくみがあります。例えば、からだが寒冷環境という低体温が引き起こされうる危険な状態にさらされると、中枢でこれを感知し、交感神経からの刺激によって、熱産生を専門に行う褐色脂肪組織(注2)で迅速に熱が産生され、低体温になることを防ぎます。これまで、核内でDNAが巻き付くヒストンタンパク質のメチル基を除く働きのあるJMJD1Aタンパク質(注3)を欠損したマウスは低体温に陥ることがわかっていましたが、そのしくみの詳細は明らかではありませんでした。

東京大学先端科学技術研究センター 代謝医学分野の酒井 寿郎 教授、稲垣 毅 特任准教授、阿部 陽平 特任研究員、Royhan Rozqie (東大 先端研 大学院生)らの研究グループは、寒冷時に熱産生遺伝子の発現を急速に活性化して体温を維持するには、従来知られていた「転写因子」と呼ばれるタンパク質群の働きだけではなく、熱産生をつかさどる遺伝子DNAの急速な高次構造変化が必須であることを解明しました。

交感神経から寒冷刺激を受けたJMJD1Aタンパク質はリン酸化され、これが引き金となって、「遺伝子の高次構造を変化させる複数のタンパク質群 (SWI/SNF complex)」が熱産生遺伝子に結合し、遺伝子の発現を活性化させることがわかりました。これら一連の変化は十数分の速さでおこり、熱産生に関わる遺伝子の発現を急速に促します。

本成果は、JMJD1Aタンパク質を標的とした低体温症や肥満への新規治療法や予防法にもつながると期待されます。

本研究成果は国際科学誌Nature Communicationsに2015年5月7日付オンライン版で発表されました。

JMJD1A is a signal-sensing scaffold that regulates acute chromatin dynamics via SWI/SNF association for thermogenesis

Yohei Abe 1, Royhan Rozqie 1, Yoshihiro Matsumura, Takeshi Kawamura, Ryo Nakaki, Yuya Tsurutani, Kyoko Tanimura-Inagaki, Akira Shiono, Kenta Magoori, Kanako Nakamura, Shotaro Ogi, Shingo Kajimura, Hiroshi Kimura, Toshiya Tanaka, Kiyoko Fukami, Timothy F. Osborne, Tatsuhiko Kodama, Hiroyuki Aburatani, Takeshi Inagaki*, Juro Sakai*.  Nature Communications online edition, 6:7052, 2015, DOI:10.1038/ncomms8052

研究成果解説

私たちヒトや哺乳動物は、急激な環境の変化に瞬時に応答し生命を守るしくみがあります。例えば、からだが寒冷という危険な状態にさらされると、中枢でこれを感知し、交感神経からはノルアドレナリンというホルモンが分泌されて、熱産生を専門に行う褐色脂肪組織ですみやかに熱が産生され、低体温になることを防ぎます。急速に外界の温度が低下したとき、これを感知し、交感神経の活性化から熱を産するためには数分の速さで対応できるしくみが必要です。これまで、研究グループは、DNAが巻き付いているヒストンタンパク質のメチル基を除く働きのあるJMJD1Aタンパク質を欠損したマウスは低体温に陥ることを突き止めていましたが(図1)、そのしくみの詳細は明らかではありませんでした。

今回、研究グループは、JMJD1Aという核内タンパク質が寒冷刺激にともない交感神経刺激を介してリン酸化されることで、「遺伝子の高次構造を変化させる複数のタンパク質群」が熱産生遺伝子DNAに結合し、「長距離DNAルーピング」と呼ばれる遺伝子DNAの高次構造変化を起こすことによって、熱産生遺伝子の発現を活性化させることを明らかにしました。これら一連の変化は数分の速さでおこり、熱産生に関わる遺伝子の発現を急速に活性化することを明らかにしました。

研究グループは、質量分析解析から交感神経刺激によって核内のJMJD1Aの265番目のセリン残基がリン酸化されることを見出しました(図2)。このアミノ酸をアラニンに置換しリン酸化されない変異体JMJD1Aを褐色脂肪細胞に発現させると、寒冷刺激で誘導される熱産生遺伝子群の発現誘導が著しく低下し、実際に、褐色脂肪細胞での熱産生が低下しました。さらに質量分析解析から、このJMJD1Aがリン酸化されることが引き金となり「遺伝子の高次構造を変化させる複数のタンパク質群(SWI/SNF、注4)」や「褐色脂肪細胞の機能に重要な核内受容体 (PPARg、注5)」と集合体を形成することを見いだしました(図3)。この複合体にある核内受容体が熱産生応答に必要な遺伝子を選び出し、それらの遺伝子上の遠隔にある遺伝子発現活性化領域を、「DNAルーピング」と呼ばれる遺伝子の高次構造変化を介して引き寄せ遺伝子発現を活性化することを明らかにしました(図3)。

このJMJD1Aのリン酸化は、交感神経からの刺激があってから数分で認められ、これと同期して遺伝子の高次構造が変化し、さらに熱産生遺伝子の発現が促進されました。DNAが巻き付くヒストンタンパク質の脱メチル化酵素として発見されたJMJD1Aは、リン酸化で誘導されるタンパク質複合体・動的な遺伝子立体構造変化によって転写を促進させ、熱産生・エネルギー消費を制御するという、数分の速さでの急性応答に関与するという従来知られていなかった別の機能をもっていることがわかりました。また、本研究は多様な機能を持っているJMJD1Aタンパク質が、ある特定の環境からの刺激によって、応答に必要な特定の遺伝子をどのようにして選び出して発現を調節し、環境へ適応・応答するのかを明らかにしたものです。

 以上のように、寒冷刺激に応答し、核内で遺伝子DNAがダイナミックに構造を変化させ、迅速に熱を産生するしくみを明らかにしました。このしくみには、JMJD1Aタンパク質が寒冷刺激を感知して265番目のセリン残基がリン酸化されることが鍵となることがわかりました。今後、このアミノ酸のリン酸化を制御するタンパク質を明らかにし、低体温の治療、あるいは、熱産生・エネルギー消費が低下して起こる肥満症への治療法につながると期待されます。

 発表のポイント:

  • 私たちの体には、寒さに反応してすみやかに熱を産生して体温を維持するしくみがあります。
  • 寒冷時に体温を維持するには、転写因子と呼ばれるタンパク質群の働きだけではなく、熱産生に関与する遺伝子(注1)の急速な立体構造の変化が必須であることを解明しました。
  •  本成果は、低体温症や熱産生低下に伴う肥満への新規治療法や予防法につながると期待されます。

 

用語解説

(注1)熱産生に関与する遺伝子:交感神経から分泌されるノルアドレナリンなどの受容体であるβアドレナリン受容体 (b-AR)や、ミトコンドリアにある脱共役タンパク質など、熱を産生するために必要な鍵となるタンパク質群をコードする遺伝子群をさす。b-ARは交感神経から分泌されるホルモンである ノルアドレナリンに結合し、交感神経刺激を褐色脂肪細胞に伝達する最初のステップをつかさどり、Ucp1はミトコンドリア内膜に局在し、酸化的リン酸化のエネルギーをATPの代わりに熱として生成する最終ステップをつかさどる。

(注2)褐色脂肪組織または褐色脂肪細胞:哺乳類に存在する脂肪組織または脂肪細胞の1つ。もう一つのタイプの白色脂肪組織または白色脂肪細胞が主として脂肪を貯めるのに対し、褐色脂肪組織の主な機能は体を震わせないでからだの熱を産生すること。ノルアドレナリンが褐色脂肪細胞上のβアドレナリン受容体に結合すると、脱共役タンパク質UCP1が生成され、ミトコンドリアで脱共役が起こり、ATPの代わりに熱が産生される。

(注3)JMJD1A:ヒストン脱メチル化酵素。体重の制御、性決定、がん発生、低酸素による応答など、環境応答に多様に機能する。本研究グループは、JMJD1Aという脱メチル化酵素が欠損したマウスが寒冷時に低体温になり、肥満を呈することから、エネルギー消費・熱産生の制御に深く関わっていることをこれまで明らかにしてきた。

(注4)SWI/SNF複合体:ヌクレオソームと呼ばれるDNAがヒストンというタンパク質に巻き付いている構造を開いて遺伝子の発現を促進させるタンパク質群。

(注5)PPARg (peroxisome proliferator-activated receptor g):核内受容体の一つ。脂肪細胞分化・機能維持の中心となる分子。この合成アゴニストはインスリン抵抗性改善薬として広く糖尿病の治療薬として使われている。

図1:寒冷刺激によるマウスの体温の変化。

JMJD1Aを欠損したマウスは寒冷環境ではJMJD1Aを欠損していない野生型動物と比べ体温が低下する。

図2:褐色脂肪細胞における寒冷刺激による急速な熱産生遺伝子誘導のしくみ

  環境温度の低下を脳が感知すると、交感神経が活性化され、ノルアドレナリンが神経終末から分泌される。ノルアドレナリンは、褐色脂肪細胞上のbアドレナリン受容体に結合し、細胞内シグナリングを経て、タンパク質リン酸化酵素 (PKA) を活性化する。活性化されたリン酸化酵素PKAは核内のJMJD1Aタンパク質を265番目のセリンでリン酸化する。このリン酸化が引き金となり、「遺伝子の高次構造を変化させる複数のタンパク質群」が熱産生遺伝子DNAに結合し、遺伝子DNAの高次構造変化を起こし、遺伝子発現を上昇させる。これら一連の変化は数分から十数分の速さでおこる。熱を作り出す脱共役タンパク質(Ucp1)や b アドレナリン受容体(bAR)などの熱産生関連の遺伝子発現を急速に増加させ、熱産生に寄与する。

(略語  β-AR: β-アドレナリン 受容体、UCP1: 脱共役タンパク質、cAMP: β-AR シグナルの2ndメッセンジャー、PKA: タンパク質リン酸化酵素)

図3:遺伝子の急速な立体構造変化

従来知られている転写因子を介する制御とともに、寒冷刺激によりJMJD1Aがリン酸化されると、遺伝子高次構造を変化させるタンパク質複合体(SWI/SNF)と核内受容体 PPARgタンパク質複合体をつくり、長距離DNAルーピング」と呼ばれる遺伝子DNAの高次構造変化を急速に変化させることで、熱産生・エネルギー消費を制御していることを解明した。

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