東京大学先端科学技術研究センター 代謝医学分野 酒井研究室

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客員教授 酒井 寿郎(さかい じゅろう)

動脈硬化や生活習慣病などの多因子疾患は、21世紀の生物医学上の大きな課題となっております。 私の留学先のTexas大学 Southwestern Medical center のGoldstein & Brown博士らは、米国で最も死因の高い心血管病の原因を解明する過程で、低密度リポ蛋白質(悪玉LDL)に結合するLDL受容体を発見し、さらにこの遺伝子異常が家族性高コレステロール血症を引き起こす発見をし、1985年ノーベル生理学賞を受賞されました。この画期的発見は分子生物学と遺伝学を融合させた分子遺伝学によってコレステロールと動脈硬化疾患との関係を分子レベル解明したものでした。彼らの研究は大変芸術的で、あたかも、白いキャンバスに一つの美しい完璧な絵を描くようなもので、大変感銘を受けました。

さて、しかし、多因子疾患ともいわれるメタボリックシンドロームなど肥満にともなう生活習慣病においては、1つの遺伝子で1つの疾患が決定されるという例はありません。多くの場合は、環境因子と遺伝的素因が相互作用しあい、発症すると考えられております。 それでは、どのようにして、環境因子が遺伝子情報に作用するのでしょうか? 私が最近興味を持っているのはエピゲノムとよばれる遺伝子の塩基配列を超えた遺伝子発現の制御です。

エピゲノムとは特定の塩基や、DNAを束ねるヒストンなどに化学的な修飾が施される(あるいは修飾が解除される)ことで遺伝子の発現をオンにする(あるいはオフにする)しくみです。細胞外環境の変化や、外的刺激は細胞内シグナルを介し、ゲノムを修飾し、エピゲノムとして記憶されます。このヒストン修飾は細胞の記憶に携わっていることが明らかにされつつあります。生活習慣もヒストン修飾に記憶され、これが生活習慣病やがんの発症に関係していることが解明されつつあります。

エピゲノムは、遺伝子の塩基配列が病気のなりやすさを決定するという運命決定論的な考え方から、ヒストン修飾をする酵素活性を制御することで病気の発症予防に役に立つのではないかという考え方も生まれてきます。私はこれに期待して研究を進めていきたいと考えております。 医学薬学に携わるものにとって病気の解明、そしてあわよくば治療薬に結びつく研究は大変魅力的・究極的な研究かと思います。動脈硬化治療では世界で最も多く使われているスタチンというお薬は、血中のLDLコレステロールを減少させ劇的に心血管病の発症を低下させます。当研究室では、エピゲノム研究が実際に病気の解明と治療に役に立つことを祈りつつ、

(1)生活習慣病におけるエピゲノム標的の探索、
(2)生活習慣病にかかわるエピゲノムメカニズムの解明
(3)エピゲノム創薬

に挑んでいきたいと考えております。

略歴

1988年3月 東北大学 医学部卒業
1994年3月 東北大学大学院医学研究科修了(医学博士)
1994年9月 米国テキサス州立テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター(Goldstein & Brown研究室)研究員。
2000年4月 東北大学助手 (医学部附属病院 腎・高血圧・内分泌科)
2001年12月 科学技術振興事業団 創造科学技術推進事業 グループリーダー
2003年1月 東京大学 特任教授 (先端科学技術研究センター システム生物医学ラボラトリー(LSBM) 代謝・内分泌システム分野)
2009年7月 東京大学教授(先端科学技術研究センター 代謝医学分野) (~2023年3月まで)
2017年4月 東北大学教授(大学院医学系研究科 分子生理学分野、2020年より分子代謝生理学分野と改称)。2023年3月まで東京大学教授と併任。現在に至る
2023年4月 東京大学客員教授(先端科学技術研究センター 代謝医学分野)。東北大学教授と併任

これまでの業績

東北大学院時代はLDL(低密度リポ蛋白)受容体につぐリポ蛋白質受容体であるVLDL(超低密度リポ蛋白)受容体を世界にさきがけて発表 (PNAS 1992)。この研究がきっかけとなり、Goldstein & Brown博士のもとに留学中、コレステロールホメオスタシスの中心となる転写因子SREBPのコレステロール活性化機構を解明し、さらにその中心となる変換酵素(S1P)を発見 (Cell, 1996, Mol Cell 1997, 1998)。

2001年からは6年間にわたり実施されたERATOプロジェクトを通してG蛋白共役型のオーファン受容体のリガンド同定を精力的に押し進め、オーファン受容体GPR103に対する内在性のリガンドの同定に成功し、このリガンドが食欲、血圧調節などに関与している事を見いだしました(PNAS 2006)。

2003年より東大先端研 代謝内分泌システム分野を主宰してからは、生活習慣病・肥満の研究を核内受容体と転写制御の観点から展開。酢酸が糖尿病などケトジェニックな状態での体温や運動能力維持に重要燃料であるという発見をしました(Cell Metab., 2009)。またPPARδの活性化が脂肪を燃焼させて肥満を改善することを薬理学的に示し、企業と協働で創薬に挑んでいます(PNAS 2003)。

最近ではゲノムワイドの標的遺伝子解析から、遺伝子の後天的修飾「エピゲノム」が脂肪細胞分化や肥満・生活習慣病形成に深く関与していることを発見し、この領域に本格的に取り組んでいます。

参考文献

  1. Sakai J, Duncan EA, Rawson RB, Hua X, Brown MS, and Goldstein JL. (1996) Sterol-regulated release of SREBP-2 from cell membranes requires two sequential cleavages, one within a transmembrane segment. Cell, 85, 1037-1046.
  2. Sakai J, Rawson RB, Espenshade PJ, Cheng D, Seegmiller AC, Goldstein JL, and Brown MS. (1998) Molecular identification of the sterol-regulated luminal protease that cleaves SREBPs and controls lipid composition of animal cells. Mol Cell, 2, 505-514.
  3. Sakakibara I, Fujino T, Ishii M, Tanaka T, Shimosawa T, Miura S, Zhang W, Tokutake Y, Yamamoto J, Awano M, Iwasaki S, Motoike T, Okamura M, Inagaki T, Kita K, Ezaki O, Naito M, Kuwaki T, Chohnan S, Yamamoto TT, Hammer RE, Kodama T, Yanagisawa M, Sakai J*. (2009) Fasting-induced hypothermia and reduced energy production in mice lacking acetyl-CoA synthetase 2. Cell Metab, 9, 191-202.
  4. Abe Y, Rozqie R, Matsumura Y, Kawamura T, Nakaki R, Tsurutani Y, Tanimura-Inagaki K, Shiono A, Magoori K, Nakamura K, Ogi S, Kajimura S, Kimura H, Tanaka T, Fukami K, Osborne TF, Kodama T, Aburatani H, Inagaki T, Sakai J*. (2015) JMJD1A is a signal-sensing scaffold that regulates acute chromatin dynamics via SWI/SNF association for thermogenesis. Nat Commun, 6, 7052.
  5. Matsumura Y, Nakaki R, Inagaki T, Yoshida A, Kano Y, Kimura H, Tanaka T, Tsutsumi S, Nakao M, Doi T, Fukami K, Osborne TF, Kodama T, Aburatani H, Sakai J*. (2015) H3K4/H3K9me3 Bivalent Chromatin Domains Targeted by Lineage-Specific DNA Methylation Pauses Adipocyte Differentiation. Mol Cell, 60, 584-596.

所属学会

日本内科学会・日本動脈硬化学会(評議員)・日本糖尿病学会(評議員)・日本内分泌学会(評議員)・日本生化学会(評議員)・日本心血管内分泌代謝学会(評議員)・日本臨床分子医学会(評議員)・日本血管生物医学会(評議員)・日本高血圧学会・日本分子生物学会・日本肥満学会・日本生理学会

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