東京大学先端科学技術研究センター 代謝医学分野 酒井研究室

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日経新聞のコラム「知っ得ワード 肥満」全5回をご紹介します。
酒井教授がメタボリックシンドロームについて一般向けに解説した記事です。

※ 日本経済新聞社の許諾を得て掲載しています。無断での複写・転載を禁じます。

知っ得ワード 肥満① 病気、脂肪の蓄積部分と関係

 肥満とは体内に過剰に脂肪が蓄積された状態のことをいいます。指標のひとつとして、BMI(ボディー・マス・インデックス)が使われます。体重を身長の2乗で割った値で、日本肥満学会の基準では、25以上を肥満と分類します。なぜ25なのでしょうか。

 疫学調査から、日本人では25を超えた人は超えない人にくらべて糖尿病や高血圧、高脂血症、心筋梗塞などを発症しやすくなるのです。一方、米国ではBMI30以上を肥満としていますが、根拠は日本と同じです。つまり、日本人は米国人に比べて肥満に弱いということになります。

 ただBMIだけで病気のなりやすさを規定できるわけではありません。肥満でも脂肪の蓄えられる場所によって病気のなりやすさが違うのです。

 脂肪を蓄える脂肪細胞が特に多く集まっているのが皮下組織と内臓周辺です。皮下にたまりやすいのは女性で、特に下半身に蓄積するため体形として「洋ナシ型」などと呼ばれます。男性は内臓周辺の脂肪細胞にたまりやすく、おなかがぽっこりしてくるため「リンゴ型」などと呼ばれます。

 リンゴ型のほうが糖尿病や心筋梗塞などの心血管の病気や糖尿病になりやすいことがわかっています。このため、メタボリックシンドロームの診断として腹囲を測定しているのです。

(回答者=東京大学先端科学技術研究センター教授 酒井寿郎) 日経新聞 2012年09月02日掲載

知っ得ワード 肥満② 脂肪細胞は飢餓対策

 脂肪細胞には2種類あります。ひとつが白色脂肪細胞で、たくさんの中性脂肪を蓄えて膨らみます。必要以上にエネルギーを取りすぎると、分裂して増えることもわかってきました。

 もうひとつは褐色脂肪細胞といい、大きさは白色脂肪細胞の10分の1ぐらい。数も少なく、肩こう骨や首筋周辺など局所に限定して存在すると考えられています。褐色脂肪細胞には脂肪を燃やし熱に変えるミトコンドリアがたくさんあり、白色脂肪細胞とは逆に、脂肪を減らす役割を果たしています。

 なぜ脂肪細胞が脂肪をため込むのかというと、かつて人類が飢餓を乗り切るために必要だったからです。農耕が始まる前はいつ食糧不足になるかわからなかったため、豊富なときに余分に食べて体内にエネルギー源として貯蔵しておく必要があったのです。

 ところが飽食となった現在でも、脂肪細胞は摂取したエネルギーをいざというときのためにため込むため、どんどん大きくなり、増えてしまいます。

 中東地域では現在、肥満や糖尿病の人の割合が急増し、世界で最も高くなっています。もともと砂漠の遊牧生活に適応し、わずかな栄養分を無駄に消費せず、貯蔵しやすい体質の民族でしたが、産油国となり過度の栄養を常に摂取する環境に変わったことが原因のひとつと考えられています。

(回答者=東京大学先端科学技術研究センター教授 酒井寿郎) 日経新聞 2012年09月09日掲載

知っ得ワード 肥満③ インスリン分泌過剰に

 肥満と切っても切り離せない関係にあるのがホルモンの一種、インスリンです。膵臓(すいぞう)から分泌されるインスリンは、血糖値を下げるだけでなく肥満とも関連があります。

 脂肪をため込む白色脂肪細胞の表面には、血液中に流れているインスリンを受け取るたんぱく質があります。ここにインスリンがくっつくと、白色脂肪細胞が血液中からブドウ糖を取り込み、中性脂肪に変えて蓄えます。

 肥満になると、白色脂肪細胞が増え、脂肪を過剰にため込んで肥大化するようになります。その場合、慢性の炎症が生じ、脂肪細胞からある物質がたくさん出てきて、脂肪組織がブドウ糖を取り込むのを邪魔します。すると膵臓は、血液中のブドウ糖を減らそうとインスリンをどんどん出すようになります。 血中インスリンが高値になると血圧が上がるなどの症状が現れ、心筋梗塞などが起きやすくなります。このような状態がメタボリックシンドロームです。インスリンを過剰に作る状態が何年も続くと、糖尿病を発症します。

 長年、脂肪細胞は脂肪の貯蔵庫だと認識されていました。ところが最近の研究でさまざまなホルモンを分泌することがわかり、多くの病気の発症と関係する重要な器官と考えられるようになりました。

(回答者=東京大学先端科学技術研究センター教授 酒井寿郎) 日経新聞 2012年09月16日掲載

知っ得ワード 肥満④ 遺伝子の違い、消費・蓄積を左右

 摂取したエネルギーを蓄える量が消費量より多ければ肥満になります。ここまでは単純な話ですが、脂肪を燃焼させる遺伝子と脂肪をため込む遺伝子がそれぞれ関与しています。

 代表例は、脂肪を蓄える白色脂肪細胞と脂肪を燃やす褐色脂肪細胞の両方に備わっているアドレナリン受容体というたんぱく質を作る遺伝子です。交感神経から出るノルアドレナリンというホルモンを受け取ると、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の働きで脂肪を燃料として燃やし熱として体外に放出します。つまり消費を促すわけです。

 このアドレナリン受容体を作る遺伝子の一部に変異がある人がいます。こういう人は白色脂肪細胞にためた中性脂肪を分解しにくくなります。 また、褐色脂肪細胞で熱の発生を促すたんぱく質を作る遺伝子の一部が変異している場合もあります。こうした人は脂肪が燃料として使われにくくなります。ほかにも、消費や蓄積を促す遺伝子がいくつか見つかっており、それぞれに変異がある人がいます。このような遺伝子のわずかな違いが原因で、肥満になると考えられています。

 肥満の人にはカロリー計算にもとづいてしっかり食事制限をしてもなかなか減量できない場合があります。そんな人は遺伝子の影響がある可能性があります。

(回答者=東京大学先端科学技術研究センター教授 酒井寿郎) 日経新聞 2012年09月23日掲載

知っ得ワード 肥満⑤ 脂肪燃焼促す薬開発狙う

 生活習慣や環境などの影響で遺伝子の働き方が違ってくることもわかっています。この後天的な遺伝子の働き方の違いによって、太りやすい体質なのか、病気になりやすいかどうかが決まる可能性が高いと考えられています。

 日本人は肥満に弱いと言われます。 海外には200キログラムを超えるような肥満の人がいますが、日本人はそこまで太る前にほとんどが糖尿病になってやせてしまいます。糖尿病になりやすいかもこの体質の違いが影響している可能性があります。

 過度の肥満は肥満症という病気です。治療は食事療法や運動療法が主体ですが、一部薬もあり、日本では1種類だけ認可されています。現在の薬は食欲を抑えたり、脂肪の吸収を抑えたりするもので、脂肪を燃やして肥満を解消する〝やせ薬〟はありません。

 肥満によって高血圧や糖尿病になった人が1割ほど体重を減らすと、症状は大幅に改善します。このため減量を手助けする〝薬〟が必要と考えられています。私たちのグループは、ある化学物質を使うと余分な脂肪の燃焼を促す仕組みを発見しました。肥満を根本的に解消する薬につながるかもしれなせんが、もう少し時間がかかります。

 いずれにせよ、日本人は肥満に弱いことを自覚して用心する必要があります。

(回答者=東京大学先端科学技術研究センター教授 酒井寿郎) 日経新聞 2012年09月30日掲載

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