東京大学先端科学技術研究センター 代謝医学分野 酒井研究室

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運動しなくても余分な脂肪を減らす薬 - 脂肪燃焼センサーPPARδを活性化することにより肥満、インスリン抵抗性、高脂血症などの症状を呈する代謝症候群が改善する

2003年12月25日 00時00分00秒 (#18)

要旨

骨格筋細胞を用いたDNAマイクロアレーの解析から核内オーファン受容体の一つであるPPARδへの選択的作動薬であるGW501516投与により骨格筋において脂肪酸のトランスファー、脂肪酸活性化、脂肪酸のβ酸化及び脂肪酸脱共役蛋白(UCP)といった脂肪酸異化に関わる全プログラムの遺伝子の転写を活性化した。高脂肪食餌により肥満を呈するマウスへの投与実験では、基礎代謝量の上昇とともに骨格筋、肝臓、脂肪細胞への脂質の蓄積を解消し、高脂肪食による体重増加を約4割減少させた。食欲、行動量の異常は認められなかった。 さらに、高脂肪食・肥満により誘導されるインスリン抵抗性は改善され、作用をすることが示された。さらにレプチン遺伝子変異により極度の肥満を呈するob/obマウスでの体重減少は僅かながらも有意差を認め、インスリン抵抗性、耐糖能異常の改善が認められた。膵ラ氏島においてはインスリン分泌機能・肥大化した膵ラ氏島の改善が認められた。PPARδの選択的作動薬が肥満、耐糖能異常、インスリン抵抗性・脂質代謝異常を伴う「代謝症候群」(Metabolic Syndrome)への優れた治療薬となる可能性が示された。

解説

急速に高齢化社会を迎えつつある我が国を始めとする産業化された世界の多くの国で、肥満・高脂血症・糖代謝異常・高血圧など生活習慣病は医学研究上の最重要の課題である。我々は生活習慣病の発症の分子機構解明と新規治療法を目標に、これまで転写因子や核内受容体など様々な代謝の転写調節機構を個別に解明をすすめてきたが、絶食時の遺伝子転写解析から、生活習慣病の発症の新たな治療パラダイムをもたらす端緒的な成果を得ている。飢餓における代謝調節は、脂肪細胞を始めとした細胞内に蓄積された栄養分の異化・動員につながる。そこで栄養過剰、脂質蓄積過剰の状態にある生活習慣病の治療に「飢餓シグナル」を活性化することにより蓄積された栄養分の燃焼などによる改善をもたらす新規治療法について我々は取り組んできた。その結果、骨格筋に於いて飢餓時に誘導される遺伝子群が、脂肪酸トランスファー、脂肪酸β酸化、エネルギーを熱として放出する蛋白(UCP)など、PPARdの活性化に伴い誘導される代謝関連遺伝子と重複することを発見した。すなわち核内受容体PPARdをリガンド刺激することで、たとえ飽食下であっても脂肪蓄積ではなく燃焼・消費するための遺伝子発現が誘導され、細胞に蓄積された脂肪が消費されることが推定された。そこでPPARdの作動薬を高脂肪食下の動物に投与したところ、白色脂肪細胞を中心に貯蔵されている中性脂肪は分解され、劇的に肥満・耐糖能・インスリン感受性が改善された。私たちはPPARdを飢餓時における「脂肪燃焼センサー」と位置づけ、生活習慣病治療薬への適応を提示した。 これらの成果は2003年12月23日発行のアメリカ学士院科学アカデミー会報(PNAS)に報告された。

Activation of peroxisome proliferator-activated receptor δ induces fatty acid b-oxidation in skeletal muscle and attenuates metabolic syndrome MEDICAL SCIENCES: Toshiya Tanaka, Joji Yamamoto, Satoshi Iwasaki, Hiroshi Asaba, Hiroki Hamura, Yukio Ikeda, Mitsuhiro Watanabe, Kenta Magoori, Ryoichi X. Ioka, Keisuke Tachibana, Yuichiro Watanabe, Yasutoshi Uchiyama, Koichi Sumi, Haruhisa Iguchi, Sadayoshi Ito, Takefumi Doi, Takao Hamakubo, Makoto Naito, Johan Auwerx, Masashi Yanagisawa, Tatsuhiko Kodama, and Juro Sakai PNAS 2003 100: 15924-15929;

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